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段々畑

 投稿者:isaoメール  投稿日:2010年 2月 5日(金)21時25分49秒
返信・引用 編集済
 


明治時代より開墾が始まり約100年で造り上げた愛媛県西南部に位置する段々畑。海より急斜面を登り水や肥料は下から担ぎ上げ、夏には石垣に生える雑草の手入れ、一枚の畑の幅は広くてせいぜい100cm未満で上から見下ろすと転げ落ちそうな感じがします、
昭和20年代はさつま芋と麦を栽培していましたが、30年代のなるとハマチ養殖漁業が盛んになり、真珠養殖が始まると畑を捨てて荒廃の一途をたどり現在では、宇和島市遊子水が浦の僅かに復元された物が残っています。
殆どの地区では雑木が生い茂りと当時の面影を残していないのは寂しい限りです。

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松山城

 投稿者:isaoメール  投稿日:2010年 2月 3日(水)23時26分35秒
返信・引用 編集済
  愛媛新聞2009年10月25日付けに掲載された松山城築城当初の位置図ですが、注目されるのは、現天守閣の位置が池だった可能性があるとの記事で(画像上図中央『いけ』の字)建築当初の天守閣は現存南側の池に建てられていたが、その後文政3年(1820)から再建工事に着手し、35年の歳月を経て安政元年(1854)に復興しました。これが現在の天守です。その後、昭和に入り小天守やその他の櫓が放火や戦災などのため焼失しましたが、昭和41年から全国にも例を見ない総木造による復元が進められ昭和61年に殆んどが再建されました。(松山城ホームページより)

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道後温泉本館

 投稿者:isaoメール  投稿日:2010年 1月29日(金)21時28分19秒
返信・引用 編集済
  道後温泉本館の江戸時代の絵図が昨年旧松山城主久松家で見つかりました。
地形はほぼ現在と変わりませんが、本館の湯船は建物の外に有り露天風呂となっております。
その当時は地下より湧き出る源泉が数箇所あったそうです。
現在は28本の源泉があり、その内17本の源泉が汲み上げ可能な源泉として、入浴されるお客様のために毎日汲み上げています。(松山市ホームページより)

温泉前の御茶屋は城主の休憩所であり一般の人は利用できなかったそうです。

湯船の前に有る通りの両側の建物は民家で明治に本館の改築後商店に変わってきた為当初北側(御茶屋側)の玄関を西側に改装したそうです。


謚屋について調べてみましたが意味がはっきりしません〔謚〕贈り名、戒名、
何方か詳しい方お知らせ下さい。

画像左下の窪みに温泉の排水が流れて溜まったぬるま湯を利用して野良仕事に使った牛馬を洗っていたのですが、現在は道後温泉別館『椿の湯』として活躍しています。

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